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浅葉克己の日記は、思えば中学生の頃から続いていた。僕達の青春時代は皆、サルトルやカフカ、カミュの文学を読んでいた。18歳の青年だった浅葉克己は哲学者になりたくて、大学の哲学科を受験しようと思い詰めていた。しかし、15歳で覚えた図案、デザインという手芸(てわざ)に優れていて、頭より先に手が動いてしまい、「15歳で覚えた図案、デザイン」を手放すことができなかった。浅葉克己が中学生時代に書いた絵日記の観察力は、今読み返しても凄いものがある。青春時代に読んだサルトルの「日付のない紙片」(『嘔吐』より)という短編に感動して更に日記を書くようになった。そこには「記録されない日々はないに等しい」と書かれていた。そんなことになっては大変だと、寸暇を惜しんで書いていた日記がこんなことになってしまった。 浅葉克己
浅葉克己の日記は、思えば中学生の頃から続いていた。僕達の青春時代は皆、サルトルやカフカ、カミュの文学を読んでいた。18歳の青年だった浅葉克己は哲学者になりたくて、大学の哲学科を受験しようと思い詰めていた。しかし、15歳で覚えた図案、デザインという手芸(てわざ)に優れていて、頭より先に手が動いてしまい、「15歳で覚えた図案、デザイン」を手放すことができなかった。浅葉克己が中学生時代に書いた絵日記の観察力は、今読み返しても凄いものがある。青春時代に読んだサルトルの「日付のない紙片」(『嘔吐』より)という短編に感動して更に日記を書くようになった。そこには「記録されない日々はないに等しい」と書かれていた。そんなことになっては大変だと、寸暇を惜しんで書いていた日記がこんなことになってしまった。
浅葉克己